あなたも陥っていない?「継続は力なり」という言葉の落とし穴

 

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「継続は力なり」

って、よく言われますよね。

少なくとも世の中での「成功者」と呼ばれる人達は継続する事の重要性を説いています。
(僕も全然大した事してませんが説いています笑)

何かしらの成功を得る為の日々の努力ってのはとても大事な事です。
それでいて自身の目標となる目的地を目指し、日夜鍛錬を行っていくわけですね。

そこでもし仮に一時期弛んでしまったとしましょう。
その時点で全て水の泡..とまではいきませんが、
やっぱり何かしら後ろ髪を引かれる気分になってしまいかねません。

 

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「継続は力なり」の落とし穴

 

例えば、

 

「これから1ヶ月間毎日ブログを更新する!」

という目標を立てて意気込もうとします。

そして、その通りに有言実行をしたとします。

 

1日目  「頑張るぞ!」

2日目  「案外出来るじゃん」

5日目  「まだまだ余力はあるからいけるね」

7日目  「ちょっと大変だけど、目標の一ヶ月を頑張ろう」

14日目 「キツくなってきた..。ちょっと休もうかな..?」

18日目 「とりあえず折り返し地点を過ぎたし、毎日とは言わずとも継続が大事!」

20日目 「今日は休憩しておこう」

24日目 「ややスランプ気味、3日くらい休んじゃったけどまだ大丈夫」

27日目 「やばい。一週間更新出来ていない..」

30日目 「結局更新したのは半月分くらいだったかな..」

 

..とまぁ、あくまでも一つの参考例として過去の自分の体験を元に書いてみましたが、
どこかしら思い当たる節はあるのではないでしょうかね?

成功している人はみんな口を揃えて「継続!継続!」と言っていますが、
僕はそうやって盲目的になっている人に対して「ちょっと待てよ」と言ってみたいんです。

 

そもそも「継続」という事は何かしら物事を達成する為の最低限のハードルってだけであって、
それが目的になってはいけないんです。

続ける度に見いだされる「モノ」に対して日々アンテナを立てておく必要があるんです。

 

 

・毎日バットを振っているだけでイチロー選手みたくヒットを量産する事が出来ますか?
・毎日100メートル走を全力疾走していればオリンピックで優勝出来ますか?
・うやむやにハンマーを投げているだけで世界記録を破れますか?

 

アスリートを例に上げてしまいましたが、
土壇場でパフォーマンスを上げられる人はどの世界でも通用する土台が備わっています。

それはもちろん、ブログを書く人やアフィリエイトをする人にとっても同じ事が言えるんです。

馬鹿の一つ覚えのように続ける事を目的とするのでは無くて、
ある程度数をこなす事が出来たら少しずつ目的を具体的にしながら
「質」を高めていく努力をしていかないと今後の伸びしろもなくなってしまうんです。

そうやって成功している人は継続をしていく過程でもって、
何らかの小さな変化も見逃さずに日々改良を惜しまなかった人が成功をつかみ取るのです。

 

正解となるべく道を模索する事で、始めて「継続」という意味の真価が問われる

僕はなにも「継続」を否定するつもりはありません。
もし仮に一ヶ月間毎日更新するという目標を立ててそれを達成する事が出来たのであれば
それは立派な財産として新たな経験として蓄えられていくでしょう。

一度や二度、そういった経験というのは大事な事だなと思うんです。

 

ただ、ある段階まで自分を高める事が出来たら今度は

「いかに正解に辿り着く為に効率の良い方法を見つけ、継続を繰り返すか」

という事を大事にしてもらいたいんです。

 

これは以前も紹介した「エッセンシャル思考」という本にも書かれているのですが、
やっぱりおススメなのでもう一度紹介させてもらいます。

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする

 

出来る事ならば無駄な努力は避けていきたいですよね。
まぁ、無駄な事と言えば後から分かる事も多いですが、
避けられるのであれば避けて通りたいものです。

 

余分な脂肪を蓄えてしまうとパフォーマンスが低下してしまいます。
たとえバスケットボールでは使えた筋肉でも野球をしてみると足枷になり得ます。

それと同じで、自分にとって必要な要素を取捨選択した上で
見いだされた要素を抽出し、そこに力を注いでいく事が最も効率の良い方法であります。

 

考え無しに闇雲に継続を続けるのは危険

「継続は力なり」って言葉はそれ自体はすばらしいですし、
ある方面からしてみれば常に正当化されるべき対象ではありますよね。

ただ、自分が信じる教祖様が「継続は力なり」って言ったからそれを信じるんですか?
ややいじわるな事を言ってしまいますが、教祖様に「◯ね」って言われたらそうするんですか?

事実、そう言った言葉を盲目的に信用するのではなくて、
その言葉がなぜ繰り返されるように日常で使われているのかを考える必要があるんです。

 

PDCAとかいう言葉がありますがそれはもっともな話で、
繰り返し行われるサイクルの中で改善点を見つけていく作業を怠ってはいけないんです。

 

考える事を放棄してはいけない。
それと同時に楽をして苦しい中からショートカットとなる抜け道を探してもいけない。

耐える時は歯を食いしばりながらも耐えて
自分の正しい道を見つけていく努力を惜しんではいけないんです。

 

まとめ

終始偉そうな事を書いてしまいましたが、
案外この記事を読んでくださっているあなたとそれほど立場も変わらないのかもしれませんね。

ただ、僕の今までの経験上最短ルートを探すくらいなら
がむしゃらにでも正しいとされる道を突き進んでいく事の方が良いと思っているんです。

下手な鉄砲じゃないんですが、どこかしらにヒットする場合もありますし、
それによって突破口も見いだされる事って十分にあるなと思うんです。

あとはそれを信じていかに成功に導いていくかはあなたの努力次第になってしまうんです。
こればかりかは他人の力を当てにしているうちはあなたは成功はおろか、
途中でリタイアしてしまう一人になってしまいかねません。

 

この記事を読んでいる時点でそういったものとは離れた人だとは思いますが、
人間は案外脆いものでもあると思うので、余程の事でない限り途中で頓挫してしまいます。

まぁ、なかなか継続する事自体難しいですが、
徐々に色んな角度からも見据えていけると良いかもしれませんね。

 

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