2015/06/04

先日あった祖父の23回忌の法事に出席した際に思った事

 

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ふいに先日あった母方の祖父の法事で思った事を書き連ねたいと思った。
自身の四半世紀の人生やら思想やらが一部含まれてはいます。

この記事に辿り着いたあなたは何かしらの縁を感じるので、
もしお時間がある限り良かったら読んでくれるとうれしいです。

 

遺影の中の笑顔の祖父に対しての複雑な思い

先日あった祖父の法事で思った事は、

 

「もっと長生きしてくれて色々と話したかったな」

ということ。

今回23回忌という事で、
もし仮に生きていたとしたら90近い年齢になっていたのだろう。

 

祖父は62歳ですい臓がんを煩い、
リンパ腺にすでに転移していたため帰らぬ人となったそうだ。

当時の自分は2歳で言葉もほとんど理解出来なかった。
それゆえ、祖父の記憶なんてものはほとんどなく、
唯一記憶として残っているのは祖父の膝の上に座っていた事だけ。

 

 

法事を行うお寺に親族らが集まり、一通り挨拶をした後
先祖供養の為の儀式が取り行われた。

 

そしてお寺の住職がお経を読み終わった後、焼香が行われ、
10年ぶりの事だったので、勝手が分からず
どうにかこうにか、たどたどしいながらもどうにか事を終える事が出来た。

その際に実際に祖父の遺影を目の当たりにした。
遺影に映る祖父の顔は笑顔だった。

 

「ああ、こんな人だったっけ」

とは思ったものの、それ以上の感情というものは
ほとんど湧いてくるものではなかった。

 

祖父に関しての情報というのは
祖母、母らの会話でのみしか分かり得ず、
そういった限られた情報の中から
どうにかこうにか祖父の人物像を思い描くしか
自分には出来なかったのであった。

 

僕の祖父は戦闘機のパイロットだった

祖父は非常に頭が良く、
中卒という学歴であったにもかかわらず、
郵便局員の公務員試験で2番の成績を取り入社する事が出来た。

ただ、時代が時代でもあり、
教育を受ける環境が十分に無かったため、
「中卒」という肩書きによる弊害もあったそうだ。

 

いくら良い成果を収めたとはいえ、
学歴によって上の役職にも上がれずに
それがコンプレックスを持つ原因にもなったそうだ。

 

ちなみに当の本人は

「地元を離れたくないから今の役職でいたい」

と言い張っていたようで、半ば強がりとでも言うのだろうか。

ただ、その結果、仕事が無い非番の日なんかは家に居る事もあり、
娘(母のこと)に勉強を教えたり、いわゆる今で言うイクメンのような
側面もあったようだ。

 

まぁ、とはいえ休みのほとんどは一人で海に釣りに行ったり
山に行って山菜等を掘りにいってしまっていたそうな..。

場所は静岡県の海側とは言え、付近には山もあったので
祖父にとっては飽きるという事もなかったのであろう。

 

ただ、そんなある種自由奔放な祖父の元で育った母は
学歴に対するコンプレックスを持っており、
それは後々孫である僕自身に引き継がれる事になった。

なんだかんだ言って学歴による弊害も拭い切れなかった事が
悔しくも残っていたようなのである。

そしてそんな母の英才教育(?)によって僕は辛くも良い大学。
しかも大学院まで行かせてもらう事になった。

幸いにもそれなりに名の通った大学ではあるものの、
肝心の中身がこれでは見る影も無いような気もするが、
まぁ、その点はひとまず置いておく事にしよう(それでいいのか?)

 

 

ちなみに祖父は戦争を経験した世代だった為
15、6の時に戦地に赴いたという話も聞いた。

祖父は学が無いにも関わらず、
当時限られた者しかなれない難関とされる航空機のライセンスを取得し、
戦闘機のパイロットとしての活躍も期待されていたそうだ。

 

しかし、戦局が悪化していくにつれ、
窮地に立たされた日本軍は最後の透かしっ屁として
人間魚雷を敵の艦隊に突撃させるという事態にまで追い込まれた。

人一人分しか入れない艦隊は、
当然ながら当時の技術では限界があり
片道分の燃料しかつぎ込む事が出来なかった。

つまり、魚雷艦に乗り込むという事は、
すなわち「死」を意味する事となる。
祖父はその魚雷艦に乗るよう命じられたのである。

 

 

そしていよいよ祖父の番がやってきて
これから突撃..!..という所で日本軍が負けて終戦した。

 

祖父は運良く命を失う事無く
その足で自らの家に戻ってくる事となった。

もしそれで祖父が魚雷艦に乗り込み
帰らぬ人となってしまったのであれば
今、こうして僕自身文字を打つ事はなかったであろう。

ふと、そんな祖父の事を思い出すきっかけとなったのは
良かったのかもしれない。
そうやって子孫である自分が思い返す事によって
もしかしたらあの世で報われてくれた事であれば幸いだ。

 

ただ、とはいえ先ほども申した通り
僕自身の祖父の記憶というものはほぼ皆無に近い。

 

今こうして僕が生きている事も、
祖父が戦地から辛くも生きて帰ってきた結果であるため、
祖父の生きて来た人生の集大成とも言い換えられるのかもしれない。

だからといって記憶がほぼ無いという人について
どれほど感謝をし、そのありがたみを認識出来るのか
僕には分からない。

 

亡くなった祖父を恨んでいた時期があった

それは見当違いな当てつけであるという事は頭では分かっているものの、
それを拭い切れていないという理由も一応はあったりはする。

 

正直、会話が出来ないまま亡くなってしまったため
とある事情で恨んでしまった事もあった。

それは僕が高校に入る前の事で、父の浮気が原因で家庭崩壊した際に、
僕の周りで信用が出来る相談相手というものが居なかったせいだ。

(それについてはまた、後日語れる機会があれば語ろうとは思う)

 

もしあの時祖父が生きていたのであれば
何かしらの知恵や援助をしてくれたのかもしれない。

しかし、当時15歳であった僕はそんな事も出来ず
一人、もがき苦しみながら正解となりうる道を模索しなければならなかった。
今でもその出した結論が正しかったのか分かり得ないままであったりもする。

 

結局、苦しみ抜いた末に、
さらに苦しまなくてはならないという事態になってしまった為、
祖父が過去に生きていたという恩恵を得たと感じる事を
受け入れる事が出来なかった。

なぜならそれゆえ人に相談を持ちかける事なく
自分の力で解決せざるを得なかったが為に、
人に相談を持ちかけたりする事が出来なくなり、
後々苦労する場面も多々表れてきた。

 

ある意味で解決策を見いだしていく為に思考を重ねていった結果、
それが信念となってしまい、一方でそれが仇にもなってしまったのだ。
人の助言も聞き入れず、自分の考え(しかも偏っている)を
押し通してしまうクセがついてしまっていた。

それは未だに自身を苦しめており、
もうどうしようもなく辛い状態であったとしても
他人に頼る事が出来ない気質となってこびり付いてしまっているのだ。

 

もっと早い段階で手を打っておけば傷口は浅く済んだモノの、
問題を解決し切れずに先延ばしにしてしまった例も数知れない。

他人から見たらあらゆる事に対しての
言い訳がましい弁明とでも映ってしまうのだろう。

事実、広い視点で見渡した場合、
損失というモノはそこそこ大きいものになってしまうのだから..。

 

自身の過去の昔話を語っていくとキリがないので割愛させてもらうが、
そういった自分の力で解決をしていこうとするやり方は言わば
周囲の人間を信用しきれていないという事と言い換えられる事も出来うる。

 

近づきたいと思っている人に信頼をされない気分というのはどうなのだろうか?

それは逆の立場に立ってみたらすぐに分かり得るのかもしれないが、
それは悲しいものだろう。

当然、そういった状態が長く続いてしまうと
いずれは信用されないどころか興味・関心すらを
得られなくなってしまう事に繋がってしまうのである。

そうやって人との距離感を詰めよる事に苦手意識を持ち続けているのであった。

 

まとめ

祖父が早くに亡くなってしまった事に対して
今でもちょっと恨んでいる。(ほんのちょこっとだけ)

やっぱり僕自身、人生で一番と二番に入っている苦しい時期に、
支えとなり得るであろう内の一人がそばに居てくれなかったのは事実である。

 

結局はどうにかこうにか事態を乗り切る事が出来たものの、
傷跡は大きく、修復が出来ていないどころか悪化している部分も多々ある。

それに関して、また再び自身のクセで解決をしていかなくてはならないのであるが、
正直言って解決の目処は立っていない所もある。

問題の先送りにしてしまう傾向もありつつも、
その問題解決の糸口を探り当てる方法をも見いだせぬ今、
どのような選択を選んでいくのかが自分の事にも関わらず僕には想像がつかない。

 

ただ、少なくとも今はそんな暗中模索の最中、
出来うる希望の糸を見いだして手繰っていけるよう
見いだす努力をしていくしかないのである。

それが自身に課せられた使命なのである(キリッ)
(..とまぁ、そんな偉そうな言葉も吐けるだけの体力はまだ残っていたりもする)

 

結局はいつまでたっても孤独は拭い切れずに
そばに寄り添うカタチで居座り続けるのだと再認識しただけ。

要は、そう大して自身は成長も出来ておらず、
知的好奇心を満たし、知識を蓄えて来ただけの四半世紀となっただけだった。

 

PS.

最終的にやや鬱エンドになってしまいました汗。

未だ解決しきれていない問題も山積みにしてしまっているため
現状では対処しきれていない事も結構あるんです^^;

 

ただ、そんな中でも今は自分が頑張る原動力となっているのは
運良く新しく我が家に家族として入ってきた柴犬のモコが
少なからず自分の生き甲斐になりつつあります。

ただ、あまり肩入れをし過ぎると亡くなった時の悲しみが重くのしかかるので
なるべくフラットな状態で接しておきたいとは思っているんです。

なぜならそれは昔飼っていたうさぎ(12年生きた)を亡くした時に経験済みで、
出来るだけ同じ思いは避けておきたいからです。

 

今はまだ生後半年も経っていない赤ん坊であるのでとても可愛い(めちゃんこかわいい)
ですが、やがて物事の分別が徐々に出来るようになって来たらまた
ほどほどに付き合っていこうかなと思っているんです。

 

「そんな犬なんかに構っていないでさっさと彼女でも作れよ」

..という自身のどこからか分からない側面から囁かれる声になるべく背きたい。
そんな現実逃避をしたいという思いの裏返しなのかもしれないですが。

 

まぁ、そんな事を言ってもいまの所そんな予定も無いんですがね。
というか、むしろ遅いくらいなのかもしれませんが。。。

 

そんなボヤキでもあったりもします。

 

 

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