2015/06/04

心の底から人間的に軽蔑している父と再会した時に思った事

 

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このブログで自身の父親について語る事はありませんでしたが、なんというか、
ふいに思い出してしまう事が人生の節目節目でフラッシュバックしてしまうため
僕自身の精神的成長の為、ある意味防備録的なものとして書いていこうかなと思った。

 

この話を人に話す機会は滅多にないんですが、
中でも話す事が出来た人は信頼に置ける人達のみでした。

ただ、そんな信頼に長ける人達に話をする事を一時期ためらう程の事があったので
この話は自身の心の奥底に封印してしまおうとすら考えた時期もありました。

 

理由は、事の詳細を自身の体験に基づいた事実と、
その時に揺れ動いた自身の心情とを踏まえて事細かに話してしまった所、
ある方は目に涙を浮かべ、ある方は目の前の席から退席してしまう程のものだったからです。

それは恐らく人によるもののように思えるので、
それはそれで事実を受け止める事が出来ない人もいるのだという事が
ある意味で僕の人生経験の肥やしとなっていった事のようにも思える。

事実をありのまま淡々と話してしまう僕に異常性を感じたのか、
はたまた自身の経験と照らし合わせて感傷に浸ってしまったのかは定かではありませんが、
事実として結果そういう事態になってしまったのだからそれはそれになってしまうのかなと。

 

とまぁ、前置きはそこまでにしておいて本編に入っていきたいと思います。

この記事を読んでくれているあなたはどのような受け取り方をするのでしょうか?

 

今は当時のような激情には駆られておらず、ある程度客観的に物事を見れるようにもなって来たので
熱も冷めてしまい、当時程の伝わるか分かりませんが、
思い出す限りなるべくありのままの出来事を伝えていけたらなと思います。

 

一応、「閲覧注意」とさせてもらいますが、
ここまで読んでくれたのであればわざわざ忠告する必要も無いかなと思うので
先に進みたいと思います。

幼少の頃は優しかった父

僕がまだ小さい頃、父には色んな所に連れてってもらい、
色んな体験をさせてもらった。

とはいっても、そのほとんどは職場の方々との宴会の場や
当時所属していたソフトボールのメンバーらとの打ち上げの席に付いていったものだった。

 

周りは大人だらけで同い年の子供はあまりおらず、
大体隅っこでおとなしく遊んでいるか時々大人達の輪の中に入れてもらい、
子供心ながらも楽しむ事が出来ていた記憶がある。

 

父は社交的だったのだろうか?
外出先では周囲にはいつも人がいた。

 

 

公務員をしていたので平日は割と夕方以降は家にいたが
時々非番の日もあり、仕事が無い時もあった。

その時は何をしていたんだろうか?
当時自分は学童保育に通っていたので平日はほとんど家におらず、
友達と遊んでいた記憶があるので父がその日は何をしていたのか知らなかった。

 

休日に限って言えば先ほど言ったソフトボールチームのメンバーらと
河原で練習しに行ってしまってほとんど家にいなかった。

小学校に入学する前はよく父に付いて行ったものだったが、
端から観戦する事が多く、あまり大人達の迷惑にならないように
端っこで遊んでいるような感じだった。

 

練習が終わると必ずと言っていい程飲み会があり、
居酒屋に連れて行ってもらったり、ビールケースをイス代わりにして屋外で飲んだり、
日によってバラバラだった。

 

子供ながらに大人達と関わる事が出来た唯一の時間がその時だった。
といっても大体はウイスキーの水割りを作ったり、
料理を運ぶ手伝いをしていた記憶がほとんどだけど。。。

話に絡んでいったような気もするけど何を話したかはさっぱり覚えてはいない。

 

 

とまぁ、そんな感じで休みの日は決まって父の試合観戦をするのが日常だった。

ただ、後々母から聞いた話によるとこのときすでに家庭崩壊する兆しが見えていたようだった。

 

 

父との信頼関係に亀裂が生じたとき

母の言う事は間違ってはいないのだが(むしろ正しい事を言う事がほとんど)、
如何せん、言い方が厳しかったり、こちらが折れるまで何が何でも主張をし続ける人だった。

 

また、教育熱心でもあり、幼い頃から英会話教室やペン習字教室、水泳教室なんかを
小学校に入る前の段階から通わされていたものだった。

今となってはそれが良かったのか、あるいはそうでないのかは定かではないが、
少なくとも外人に対してさほど臆する事無く振る舞えるようになった事は良かった事なのかもしれない。
(まぁ、あまり身に付かなかったような気もするが..)

 

結果的にその延長で公◯式やら日◯研やらの塾に小学生の時点で通わされていて、
そのおかげで友達と遊ぶ事がどちらかと言えば少ない方だったのかなと思う。

低学年の頃はよく遊んでいたような気もするが、高学年になると塾に通い始めてそれどころではなくなっていた。

 

その頃から家にいるよりも学校や塾にいる時間の方が長くなり、
夕食も外で食べるようになっていたので家族との触れ合いが少なくなったようだった。

 

 

突然訪れた当時15歳の悲劇

第一、第二志望は愚か、名門と言われる学校はほとんど落ちてしまい、
最終的に滑り止めと呼ばれる中学にはなんとか受かる事が出来た。

 

当時の成績は日本史には絶対の自信はあったものの、
それ以外の科目に付いては頑張ったもののほとんどザルだったため
どこも受からないなという思いはあった。

 

それで仕方なく受かった学校に往復2時間かけて毎日通う事になった。

滑り止めとは言え、一応は名の通っている(らしい)学校だったので
そこまで卑下する必要はないものだった。

ただ、少々特殊な学校で、
元々女子校であった高校が共学の中学校を創設したため
生徒の8割型が女子生徒という特殊な環境だった。

 

人はそれをうらやみ、ハーレムと呼ぶかもしれない。
男子校出身であれば尚更そう言うであろう。

 

しかし、勘違いしてもらいたくはない。

そんなウキウキ気分で学生生活を送れる程
生易しい環境ではないのだから。。。

 

 

ここでまた自身の家庭環境に焦点を戻すが、
中学に入ると今度は部活で忙しくなり
家も学校から遠かった為帰宅するのが大体夜中の8時を回っていた。

 

公務員の父は定時上がりでわりかし帰ってくるのが早いはずであるのだが、
一緒に家にいた記憶はあまり無かったような気がする。

 

自分も自分で当時バスケ部に所属していたのでクタクタで家に着いたらそのまま寝るか
授業の復習をしておくかの状態だった。

 

当時は家庭内というよりも学校の中という社会が自分の世界だった。
中の良い友達にも恵まれ、それなりに楽しい学生生活を送る事が出来ていた。

 

ただ、一方で自分の知らない所で徐々に崩壊の足音が近づいている事に気付く事は無かった__。

 

 

..あれは確か15の冬だった気がする。
母が姉と一緒にファミレスに食べに行かないかと誘って来た。

 

当時反抗期でもあったため、一緒に夕ご飯を食べに行くなんて煩わしくも思えたのだが、
どうしても「話がある」と聞かなかったものだから渋々付いて行く事にしたんです。

 

それで読者の方の何割かはこの時点で察したかもしれませんが、
母が話したかった事は父の浮気についての事でした。

 

まぁ、今では「そんな事もあったな」という程度ですが、
当時は頭の中で酷く混乱する程錯乱状態に陥ったんですよね。

 

それもそのはず。

父の浮気相手は一人ではなかったからなんです。

 

 

 

 

自己否定に走る

母の話によると、父は昔僕が小学校の頃に入っていた野球チームのコーチの奥さんと
不倫関係にあったようなんです。

 

当の本人には会った記憶はありませんが、
そのコーチにはよくキャッチボールの相手をしてくれたりしていたので
まさかそんな近くで行われていたのが不思議でなりませんでした。

 

自分自身、いきなり全てをする事が出来ず、半ば頭がフリーズ状態に陥っていましたが
隣に座っていた姉は元々聞かされていたのか、それとも全てを悟ってしまったのか
赤子のように泣きじゃくっていました。

 

自分も事の内容をようやく理解し、解決策を導き出そうと策を練ろうと思いましたが、
そんな思いすら吹き飛ばしてしまう母の一言が脳しんとうのように頭に衝撃を与えた。

 

 

 

「浮気相手は一人じゃないの。10人以上いるの」

 

 

 

 

 

その一言で脳に軽い障害を起こしてしまいそうな程の衝撃が走った。

脳内が完全にバグに犯されてしまって修復困難な状態に追いやられてしまった。

 

 

この間どれくらいの時間が流れたのか分からない。

2、3分だったか?はたまた30分程だっただろうか?

本当にショックな出来事があると時間の感覚が無くなる事ってあるんだなと、
そのとき初めて知った気がした。

 

とはいえ、そのとき母の頭もひどく混乱(錯乱)していたようで、
多少事実を水増ししていたのかもしれない。そう解釈しようと心がけるようにした。

 

 

ただ、事態はそれほど生易しいものではないようで、
どうやらそれは事実らしい。

 

 

一つ訂正箇所があるとすれば、どうやらその人数は過去の合計人数のようで
同時に付き合っていたというものでは無かったようだ。

 

それはそれで大した救いの無い話ではあるのだけれど、
いずれにせよ絶望である事には代わりは無かった。

 

「ああ、これからどうなるんだろうな」

「学校も楽しくなってきたし、来年からは高校に入学するしどうなるんだろう?」

「友達はなんて思うかな?
 こんな不貞を働いた親の息子の事を今まで通り接してくれるのかな?」

 

そんな事が頭の中を駆け巡った。

 

ただ、その時には気付かなかったのだが、人は救いようの無い衝撃を与えられた際
それはボディーブローのように徐々に徐々に体を蝕んで行くものだという事だ。

 

それからの日々というのはまさに地獄だった。

友達には迷惑をかけたくなかったので学校ではこれまで通り振る舞うようにし、
休み時間なんかは「ゲームして徹夜したから眠い」などと適当なウソでごまかして
一人で机に伏して寝たフリをしていた。

 

それからというものの、なるべく人目を避けて行動するようになり、
いつしかこれまで付き合っていた友達も減っていったような気がしたっけ?

 

当時自分の中にあったものは

 

「不貞行為を働いた父親の息子」

という烙印だった。

 

 

もうそれだけで少年犯罪やら自殺やらをするための材料としては十分に思える。

 

実際に、頭の中ではそのような悪魔のささやき声が何度も何度も何度も何度も

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてきた。

 

 

 

 

 

ただ、そんな中唯一の救いであったのが
当時愛読していた「青の炎」という小説だった。

 

その小説は映画かもされており、
「嵐」の二宮和也が主演を演じた映画だった。

 

小説の中の主人公は17歳で当時の自分と近い年齢であったので
親近感が湧いていた。

 

話の内容としてはDVによって別れた夫がある日主人公の家に押し入り、
傍若無人な態度で何食わぬ顔をして家に居座るという内容だった。

 

当然ながら母親と妹に危害が及ばないように父親を追い出そうとするのであるが、
とある理由によってそれは出来ないとの事。

 

それならばいっそうの事父親を殺してしまおうと、
警察にもバレない完全犯罪をしてしまう衝動に駆られていく主人公の孤独な戦い。

 

当時、その本を食い入るように何度も読み直した記憶がある。

 

そこでネタバレになってしまうんですが、
完全犯罪を目論んで実行に移してしまった主人公はその殺害現場を目撃されて
その目撃者の事も殺害してしまい、被疑者死亡というカタチで
最終的には幕を下ろした物語になってしまうんです。

 

そんなオチは一度読めば分かってしまうんですが、
主人公の心境の変化やら置かれている環境やらが自分の状況とマッチしてしまい、
その世界観に惹き込まれてしまい、事実実行した通りに自分もしてしまおうかと
試みをしようと思ったか。
(まぁ、結果的にしなかったから今こうして文章を書いているんですが)

 

 

なんというか、ある意味その本を読んで満足してしまった所もあったんです。
それに最終的に主人公は全てを捨てて亡くなってしまうので
そこまでの自分を想像してしまうともうお腹いっぱいかなといったカタチで笑。

 

なんだか、やや湾曲したカタチではありますが、
それが神様からのプレゼントだったのかなと今では思うようにしているんですね。

その物語を知らないと実際に行動に移してしまっていたんだろうなという感じで。

 

 

で、肝心の家庭内での事なんですが、
毎日が嵐のような日々であった事には変わりなかったんです。

僕はその嵐が過ぎ去るのをただじっとひたすら耐えていただけだったんです。

 

その結果。父は家から出て行ってしまいました。
その理由をきちんと聞く間もなく、出て行ってしまいました。

 

一応、生活費は入れてくれてはいたので仕事には行っているようでしたが
どこで生活をしていたかなんてわかりませんね。

 

大方、女の元で寝泊まりしていたんだろうと母は号泣しながら言っていた気がします。

女心というものが全て把握しているとは言えませんが、
少なくとも裏切られたという事に対して感情をあらわにしていた事はひしひしと伝わってきました。

 

「結局何の為に結婚したんだろうね」

だとか

 

「結婚ってなんだろうね」

だとか話していたっけ?

 

 

そんなん知らんわ!

 

 

半分の自分

子供にとって親は選べないもので、どうしようもない親でも親には変わらないものなんです。

ただ、当時の自分にとってはまったく汚らわしい存在として扱っていたので
事の発端が発覚してからは毎日毎日その存在を否定する日々を続けていたんです。

 

そうするとどうなってくるかわかりますか?

 

 

父親を否定するという事は自分の半分を否定する事に繋がってしまうんです。

 

そうなってくると自分が自分であるという自信を持つ事が難しくなってきますし、
そもそも思春期の少年にはいささか荷が重い内容になると思うんですね。

 

これは実際に体験した人でないと知り得ない事なんですが、相当辛いものなんです。

 

例えば、始めて会った人に

「お父さん何している人なの?」

と聞かれて

 

 

「犯罪者」

 

なんて簡単に口にする事が出来ますか?

 

まぁ、100人が100人言わないと思いますね(そう信じます)

 

なのでそう聞かれた際は笑顔で

「今仕事が忙しいらしくてしばらく会っていないから何の仕事か把握していない」

だとか

「公務員で郵便局で働いている」

だとかそんなところ。

 

両方ともウソついていないし、本当の事に変わりないから罪悪感も何とも思いませんね。

だって事実だし。。。。。

 

 

ただ、堂々とは言えないかなと思いますね。

あまり地位の高くなかったとしても一生懸命生きてくれているのであれば
罪悪感も無く言えるのでしょうが、そうではないのでもやもやが後引く感じになっていますね。

 

 

 

5年ぶりに父と再会して思った事

 

「保険金かけてやるからさっさと死ね。でなければ今すぐ俺の手で殺してやる」

 

とは、さすがに思わなかったですね汗。

 

何と言うか、のど元を通れば何とやらという感じですかね。
もうずいぶん昔の話な気がしますし。

 

 

紆余曲折ありましたが、決着をつけようとの事で今から3年程前、
5年ぶりに家族3人で会う事になったんです。(姉抜きで)

 

結局、僕自身が離婚届を突きつけて縁を切る状態まで持ち込んでしまったんですよね。
それだけその5年で苦しめられたし、その苦しみから解放されたいと思っていましたし。

 

ただ、今思えば早まってしまったというか、世間知らずだったなと思わされたんですね。

 

なぜなら父は公務員。

給料自体はそこまで大したもので無かったものの、
こと年金に関してはサラリーマンよりも遥かに貰える金額だったそうなんです!

 

母はその事を知っており、これまで離婚せずに別居で居続けたという事は
そういった理由からだったそうなんです。

なんともしたたかというか、そこまで計算をしていたとは知らず、
僕は早まって事を勢でしまった事をあとあと後悔する羽目に。

 

ただ、まぁ精神的には解放されたと思っているし、一区切り付いたような..気もする。

 

 

うん。僕の人生ってのはどうやら一難去ったらまた新たな問題が来るようで、
今度は自分の人生を作っていかなくてはならない。

そういった際に指針となる人物が身近にいなかった事はかなりの致命的弱点だ。

 

母方のじいさんは僕が小さい頃に無くなってしまったし、
おじさんとは昔から仲が悪かったし。

当然ながら父方の家族とは絶縁状態にもなっていますし。

 

 

で、久しぶりに再会を果たして思った事は

「今まで育ててくれてありがとう。クソ野郎」

 

 

この世で最も許せないこと

最もとか言いながらいくつかあるんですが、そこは見逃してください笑。

 

1. 浮気

2. 女が絡むややこしい出来事

3. 殺人

 

僕の人生経験で言ったらこの順番になってしまうんです。
(世間一般では逆だと思いますが)

 

女にだらしが無い人間を僕は経験則によって最も軽蔑をする対象になってしまっていますし、
自分がそうしてしまった場合、死を覚悟してしまう程の事と同じだったんです。

 

まぁ、でもそんな事になってしまったら世の中どうなってしまうんでしょうかね?
ある一定のバランスを保つ為に色んな人間が生きていかなくてはなりませんし
社会を成り立たせる為に犯罪者も聖職者にも人権を持たさなくてはならないんだなと
最近、少し思えるような気もしないでもない。

 

ただ、なんというか、自分自身の価値観に自信が無くなってしまう時がたまにあるんです。

統合失調に近いような、そんな感じ。
先ほどの例を挙げたようにとにかく自分の判断力には自信が持てないんです。

なんだかんだ言ってそれは自分だけの単なる価値観のようなもので
そう言ったものは大して力を持つものでないようにも感じてしまうんですよね。

 

 

自分の道を選んでいく為の能力を見いだして行く事を出来なかった自分に落ち度があるんですが
生きるのが辛かった自分にとって生きていくだけで精一杯だったんです。

 

それについて人はどう思うのか?

 

正直「知るか」という感じですかね。

 

結局は自分の脳みそをフル回転させてなるべく「ベター」な道を見つけて行くしかないんだと
そう思うしか道はないんだと。そう結論が出てしまいました。

 

 

新たな恋の物語

これは現在進行形の話なんですが、現在母には恋人と呼べる人が表れました。

(俺より先に..)

 

これは喜ぶべき事であるのかもしれませんが、
幾分ひねくれてしまっている自分にとって、どう受け止めて良いのやら。。。

 

まぁ、これに関しては興味がある方がいればいずれ書こうとは思います。
僕は書いていてそこまで楽しいかどうか分かりませんが要望があるのであれば書きます。

 

 

 

まぁ、その話はひとまず置いておくとして、、、

もうこんな年だし、そろそろ自分の人生に生きていても良いはずなんだけどなぁ。。。

 

 

まとめ

父親との確執は僕自身のアイデンティティーを形成していく上で半分失敗してしまったかのように思えた。
それゆえ周囲との隔たりであったり、それによる生きづらさであったり感じざるを得ない時期が度々あった。

 

もちろんそんな過去に囚われて八つ当たりしているようでは愚かな行為にしかなり得ない。

愛情も無かったと言われればそれまでなのかも分からないが、父は僕の事をどう思っていたのであろうか?

 

ある種衝動的というのか本能的というのか定かではないが、
発作のようなものだったのだと思うしかないように思えた。

 

 

空っぽの自分はどこまで続いていくんだろうな。

限りある人生の中で、自分というものを見いだしていく事がある意味での
生きる目的であるのかもしれない。

 

終わり。

 

 

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